ページ

2013年8月31日土曜日

マタイ福音書についての翻訳の差異

一般の聖書では、人に目立つためにする祈りは、単に「報いを受けてしまっている」ですが、セイヤーギリシャ語辞典によると、「receive in full・・完全に受けてしまっている」と訳すことができます。本書では、こちらを採用しています。
又、[1]あなたがたが祈る時、偽善者たちのようであってはいけない。なぜなら、彼らは人々に見られるために、これらのスナゴーグ通りの角に立って祈る事を愛している。アーメン。は言う。彼らはその報酬を[2]完全に受けてしまっている。


[1] 4336προσεύχησθεb 2pl
[2] 568 ἀπέχουσιν they have, receive in full, to keep away, be distant 

同じキングジェームズバージョンでも、大本の本文であるステファヌスに忠実であるものと、若干編集してあるものがあります。
マタイ6章6節では、祈りの時に、秘密の部屋で祈るならば、「明らかな形で」(ステファヌス)とありますが、NKJでは、省略されています。
6. しかし、[i]あなたが祈る時は、あなたの秘密の部屋の中に入ってその戸を閉め、密かな所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、密かな所で見ておられるあなたの父は、[1]明らかな形であなたに報いて下さる


[1] 591ἀποδώσειwill reward



0 件のコメント:

コメントを投稿